メンヘラ若手俳優厨のぶろぐ

リアコな日常です。2次元も割と好き。

かみさまになりたい

今週のお題「もしも魔法が使えたら」


かみさまになりたい。

かみさまになって、君がなにで喜ぶのか、なにをして悲しむか、誰のせいで傷ついて、誰のために傷ついてるのかしりたいよ。

君が誰に愛をもらって、愛をあげたくて、誰のことがすきで、きらいで、誰のことをどう思ってるのかしりたいよ。


君の全てを知りたい。全部全部しりたい。そこまでしっても、やっぱりわたしは君がすきだ。



きみがいう、わたしへのサービスで、嘘偽りで、あるいは君の優しさのために出てくる、言葉を全て、本物にしてしまいたい。


そうすれば、わたしと彼の世界でわたしだけ、ずっと幸せなまま。






俳優をフォローする時のアカウント問題

ツイッターの仕様改変があったらしく、フォロワーがいいねしたツイートがフォローされてる人のTLに流れて来ることになったらしい。ととあるバズっているツイートを見て知った。


そのツイートには、"公開垢の腐女子、俳優や声優をフォローするのはやめなさい!!見えてるよ!!"的なことが書いてあった。



いやいやいや、何を今更!!!!!


普通見られたら困るようなこと呟いてる公開垢ってあんの??(鍵垢に慣れすぎた人間)


腐女子、夢女子、どんな嗜好を持っているにかかわらず、ノーマルでなく人に不快感を与える可能性があるのなら、公式の人間をフォローしてはいかんだろう!!!!と思う。


というか、わたしが恐ろしくてできない。



前、私の推しは自分の名前が入ったツイートをいいねしていた。(アホ)

気づいたみたいで数日後にはそのいいねは消えていたけれど、その時本格的に身震いをした。


私はそれまで2次元しか追いかけてこなくて、自分がリプライをする公式垢にはその本人はいなかった。その会社の社員が向こうできっと厳密に書いてあるキャラ設定のもとぽちぽちツイートをしているんだろう。


でも、3次元は本人がいるのだ。しかも、若手俳優だと、こう言っちゃなんだけど、エゴサしきれる量しか本人の名前入りツイートなんて検索しても出てこない。


エゴサをするくらいならきっと、リプをして来る人が何をツイートしているか、見ている可能性が捨てきれない。たまに興味本位で、フォロワーのツイートを見ているかもしれない。


そこでそんな末恐ろしいことできます!???!俳優本人の前でnmmnの話とか、その人が演じたキャラのホモやら夢の話、出来ます!???!

たまーに強靭なメンタル(褒めてない)をお持ちの方は出来るのかもしれないけど、少なくともわたしにはできない。お渡し会で、そんな話できない。



そういうことだと思う。少なくともリプする垢で、そういうこと呟いたり、あるいはいいねしたり、あるいは他の俳優にもリプ送るのやめない!????!!!


ある程度人気がある俳優ならともかく、弱小俳優は絶対気にしちゃうと思うんだけど!!!俳優のこと人間じゃないと思ってんのかな?


相手が意思を持つ人間であることを理解して生きよう、おたく。



君と僕の関係

推しとわたしの関係について、何か書こうと思ってタイトルを考えていたら、突如メロディーが頭の中に浮かんだ。


"恋をするとすぐにわかる いつも上の空で"


AKB48の、いや今は元というべきなのか、前田敦子板野友美がデュエットしていた君と僕の関係という歌の一節である。


この曲の歌詞は全くもってリアコが妄想することは出来なさそうな感じだが(少なくともわたしは推しと今年のインテルについて何気ない日常会話をすることは出来ないし、彼に好きな人ができたとしてわたしはその話を微塵も聞くことは叶わないだろう)、それは置いておいてこのタイトルの話を私はしたいのである。



わたしは、わたしが人に何かを与えられる側の人間だと思っている。


昔はそうではなかったのだけれど、わたしの思考や価値観その他諸々は思春期の半ばに全て壊れて再構築されて、与える側から与えられる側の人間になった。


受け取ったものに対するささやかなお礼と、そもそもそのものを受け取るために私は毎日の生を意味もなくダラダラと過ごしている。



わたしと君の関係。


君はわたしにいろいろなものをくれている。君が思っているよりずっと、遥かに。


君はファンに何かを与えようと思って行動してるわけではない。それはわかっている。

でも結果的にその行動によって、わたしはいろいろなものを貰い、それにより生をかろうじて繋いでいるにすぎない。


そのことはきっと、些細な日常の1シーンだけれど、私にとっては人生軸そのものの話だ。


彼が素敵な名前を親御さんに名付けてもらったことに感謝をしている。彼がいろいろなものを貰っていることに感謝をしている。


わたしは彼のことが大好きだし、願わくば付き合いたいし、結婚したいし、彼のずっとそばにいて、彼を支えて、彼の力になって、彼の少しの愚痴やたわいない話を聞けるような立場になりたかった。

けれど、与えられている側が何かを与えるのは無理なのである。


だから私たちは、結局、彼が選ぶ彼に何かを与えてくれる人のことを、いくらわたしが嫌いでも、いけすかなくても、腹がたっても、感謝して受け入れなくてはならないのだ。


嫌いでも、多分嫌いにはならないんだろう。一生、好きになる努力をしなくてはならないんだろう。

彼のような人間が好く人は、きっとわたしの何倍も崇高な人なのであろう。


ああそれでもやっぱり、まだ少しだけ夢が見たい。




いつか来るであろう、これは将来の話。


初めての全通

昨日、推しの舞台が終わった。わたしにとって、初めての全通だった。


お金がなさすぎて、余裕もなくて、2日目は本当に病んだ。なんのために、なんでこんな同じ舞台に通って、学校休んでまでマチネも入って、何やってんだろうってめちゃくちゃ思った。


通信規制で会場の近くに郵便局があるか調べられなくて、アナログな道にある地図をみてひたすら厚底のヒールで歩いて、ランダムグッズを買うためにお金をおろして、馬鹿みたいだなあと思った。


でも、チケットを手放すことも、燃やすこともできなくて。結局自分の手ではなくスタッフさんにチケットをもぎってもらって、現場へ足を運んだ。


ロビーに同厨がうろついてるのを見るのは死ぬほど嫌だったし、同厨同士が話してるのを見るのも、同厨が別のキャストと面会してひたすら媚びてるのも気持ち悪かった。


私も他のキャストさんに推しのこと聞きたかったけど、キャストさんに申し訳ないし他人からの目が怖くてできなかった。他人のことを気にしすぎるのは私の悪い癖だなあ。




次の日からは何故か演技がぐっと良くなっていて、感動して大量の手紙を書いた。手紙の文を私信でツイートしてくれて、更にモチベが上がった。


そこからは毎公演たのしくてたのしくて仕方なかった。よかった。やっぱり私は推しのことがだいすきだった。




病んだけど、全部行ってよかった。千秋楽のカテコで、そう思った。私はワンワン泣いた。隣のおじさんにすごい目で見られたけど、気にしなかった。私の彼への愛は止まらない涙として溢れ出したけれど、それでもまだ止まらず私の中にはたくさんの愛が残っていた。


接触は勿論したい。だから舞台に全通して、わたしは推しに幻滅しないかどうか少し不安だった。結果として、全然平気だった。


接触じゃなくても、わたしは彼に手紙で文字を書き愛を伝えられた。ずっと彼の演技を見ることは、きっと彼に愛を伝えるひと手段だと感じた。見てくださってありがとうと言われるたび、見せてくれてありがとうとおもうことができた。



本当に、行ってよかった。また彼は、別の舞台の稽古が始まる。それでもその演技の時に、彼は今回の舞台の経験を自信として確実に手に入れることができているはずだ。その一つの自信の要素の一握りの砂のたった一粒の中に、小さいけど大きいその一粒のなかに、わたしの応援が入ってればそれでいい。わたしは君の自信になれたかな?わたしは君の努力の中に、少しでも足跡を残せただろうか。



体力のないわたしが、舞台に通うのはとても大変だったけど、君の方が何倍も何倍も辛かっただろう。そこに、ファンが毎日きてくれているというその事実で、私が君にもらった幸せの、喜びの何百分の1でも与えられただろうか。


ファンとして、私ができることってきっとそれくらいしかないけれど、それでも、君が喜んでくれたなら、私は確かに自分が生きている意味を実感できたなあと思うのである。




千秋楽のとき、人目を気にせず泣けたのは自分が全部舞台を見たという実績があったからだ。これからも心置き無く泣きたいから、やっぱり全部通おうと思った。





やっぱり君が好きだよ。ずっと好きだよ。私がしぬまで好きなのは君だよ。


生きていく希望をありがとう。きっと君に出会わなければわたしは今生きてなかったかもしれない。本当だ。

昨日の千秋楽を観たとき、自殺しなくてよかったなあと心の底から思えたよ。こんな思いをくれるのはきみだけだよ。


わたしが死んだ後もずっと、きみが幸せでいられますように。

願わくばきみのしぬとき一瞬でも、舞台の記憶が、その客席の中の米粒のようなわたしが、浮かびますように。



次の現場まで、またバイバイね。







推しを批評できない

突然ですが、俳優厨のみなさんに聞きたいことがあります。推しに渡す手紙に、何を書いていますか?


わたしはいつも誉め讃えることしかできない。ここがよかったとか、そもそも舞台が決まっておめでとうとか、稽古頑張ってそうだったとか、そういう。

あとは舞台のストーリーでこう思ったとか。自分の近況はそんなにかけない。



わたしの推しは、ファンと話すときに友達のような感じで話すタイプではない。距離をとって、話を聞いて、感謝して、そんな感じだ。

だから、距離の取り方がよくわからない。


果たして、自分のどうでもいいことまで書いてもいいのか?読んでくれるくれないはどうでもいいとして、そんな手紙来たら迷惑じゃないか?怖くないか?

不安がつきない。


それに加えて、批評もできない。

今やってる舞台、正直個人的にはストーリーも好きじゃないし推しの演技も役柄の割に酷いものだと思っている。


トーリーは推しのせいではないし、役柄だって推しが自ら望んで手に入れたものではない。(演出側からオファーしたとの発言があった)

わたしは演技している推しは好きだけど、推しの演技が好きかというと別にそうでもない。演技を頑張ってる推しが好きなのであって、その演技については特に好きの焦点を置いていない。


だから演技が少し下手だからといって彼を嫌いになるようなことはないし、わざわざ手紙やリプライを使い推しに言う必要は無いのではないかとおもう。


でも、これからも演技をやりたい推しのためには演技のいい点悪い点について伝える事も必要なのではないかと思い、悩んでいる。


べつに、推しの演技を否定したいわけじゃない。頑張っているのは伝わってくるし、公演期間中少しずつ良くしようとしているのも観ていてわかる。

ただ、ここをもっとこうしたらかっこいい、とか。そういうのをいいたいだけだ。

(本当は推しそもそもこの役に起用してクソみたいな脚本を書いた脚本に文句を言いたいんだけど。推しのためにならないでしょこの仕事。まあでもそれは仕方ない、何回も言うが推しに仕事は選べないし、来たら受けるしかないのだろうから。)


言った方が推しのためになるだろうし、やっぱり演技についての意見も聞きたいんじゃないかとおもう。


ただ、それを指摘する事でもし距離を置かれたら、どうしようと思ってしまう。


もしかしたら、今のままずっと盲目的に誉め続けて欲しいのかもしれない。指摘してオキラになるのは死ぬほど嫌だ。推しの下手な演技を見るより個人的には嫌だ。

でも思ってもないことは書けないし、演技が上手くならないことを望んでるわけじゃない。難しい。


はあ。手紙を書く手が止まる。

憂鬱だなあ。演技頑張ってるのは知ってるけど、もっと頑張ってね。頑張ってなんて本人には死んでも言えないけどさ。



近況

推しの舞台が始まって、今通っている最中だ。


昨日体調が悪くて悪くて、観劇中も胃が痛くてお腹抑えながら観なくちゃいけなくて無様な姿で観劇してる自分に腹が立った。

見えてなんていないだろうし、お芝居に集中してるだろうけど、自分の一番納得する格好で推しの演技を観たかった。


夜は頭が痛くて眠れなくて、今日はマチネからあるから朝起きれないと困るのに、最近朝起きられなくて(意識がなくて気づいたら昼になっている)寝るのが怖くて、でも寝ないと観劇中寝てしまいそうで怖くて、泣きながら眠りについた。



大量にかけたアラームのおかげなのか、寝る前に明日は起きないといけないと死ぬほど思いつめたからなのかはわからないけれど、珍しく私にしては早い時間に目覚めることができたけど、昨日は怖かった。




推しのことが大好きなのに、もしこのまま熱が出てフラフラで、推しの舞台を満足に観られなかったらと思うと悔しくて悔しくて仕方なかった。体調が一回寝て治ってよかったけど、これから本当に風邪引いたりインフルになったりしたり、まだその辺は我慢できるかもだけど胃腸炎とかなったら困る。


体調管理はしっかりしないとなと思った。


そんな自戒の話。






価値観が合うって難しい

婚活についてのブログ?を読んで思った話。


ふわってる時に読んだのでサイトの名前もurlも思い出せなくて申し訳ないのだけれど、"価値観が合う人がいい"という婚活をしてる女の人の条件は、一見条件がシンプルそうに見えて実はかなりの要望が含まれている、といった内容だった。



『価値観が合う』


頻繁に見たことがあるな、このワードと思ったら、オタクのツイプロだ。(ツイプロって呼び方最近は見かけないよね。古いのかな?ツイフィ呼びの方が主流な気がする。)




価値観が合うおたくとつながりたい。


誰しも思うことだと思うし、同厨の人は価値観が合う人〜〜とか、書いてあることも多い。


でもこれ、一言で表してるけどめちゃくちゃ難しいと思う。



やっぱり住んでいる場所が地方か東京かで、普段会えるかどうかや現場への行きやすさなんかも変わってくるし(俳優によってはほとんど地方での公演とかイベントがなかったりするし)、学生かどうか、空いている時間が何時頃か、もともと何のおたくから若手俳優にハマったのか、なんかでもかなり価値観の相違が出てくる。


一回仲良くなってしまえば多少細かいところにズレがあっても気にしないだろうけど、金銭感覚なんかは仲良くなってからもきつい気がする。


例えばわたしが地方に住む時給850円で働く学生アルバイターで、友人が都内で夜職をしている成人済みのおたくだったとしよう。

多分私はめちゃくちゃ差を気にして定期的に辛くなるし、友人側もあまりうっかり"地方の同厨全然現場来れてないしうける(笑)"とか思ってても言えない。他厨だけどわたしも地方だしそんなに来れてないからね。


地方と都内(首都圏)の差と、稼ぎの差はそう簡単には埋められない。

だからやっぱり同年代のおたく同士が仲良くなりやすいのかなあとも思う。(稼ぎにそんなに差が出ないから)


上であげた例が同厨だったらもっと辛い。普通に稼ぎは自分の方が上なのに時間がなくて会いに行けないとか、我慢できないと思う。


これが我慢できないから同厨と仲良くできないのかな?同厨と仲良い人は何も気にせずおたくできてんのか…?心広いな。おたくすごい。わたし心狭い。



とにかく、価値観の合う合わないってめちゃくちゃ難しいし、価値観含めて気の合うおたくを見つけるのって相当難しいから、今いる友達を大事にしたいなあと思った話。



あと価値観合わない人はすぐブロ解するのがお手頃でいいと思う!一回無理だこの人と思ったらわたしは無理だなーってなってしまう。そこから分かり合えない。


こういう風に出会いを狭めてるから友達が少ないのかもしれないな。なんか話のスケールデカくなってしまった。おわり!